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アート&エンターテインメント
2020.03.23

江戸の粋を受け継ぐ東をどり③
―新橋芸者の伝統をつなぐ

撮影=COO PHOTO

《今年の東をどりは、新型コロナウイルス感染拡大防止のため開催中止となります。》

新人芸者から熟練者まで、そして踊りの流派の垣根を越えて、幅広い層の芸者がそれぞれの魅力を見せるのが東をどり。しかし、そのなかでも卓越した芸とオーラで観客を圧倒するのがベテランたちの一幕ではないだろうか。10代のときに芸妓の道を志し、今は先輩芸者として、そして置屋の経営者として若手の育成に励む小喜美さん。長きに渡り、芸の道を極め続ける彼女が新橋芸者と東をどりについて語ってくれた。


東をどりの舞台に立つ小喜美さんと、金田中の岡副真吾氏。

芸者は日本女性の鏡であれ
新橋で現在最大の置屋「菊森川」を営む小喜美さんは、何人もの若者を一人前の芸者に育て上げてきた。そして昨年も新しく1名、期待の新人が入門したそうだ。新人芸妓は、お披露目を目指し、約3ヶ月から半年間、所作、ふるまい、言葉づかい、着付け、正座、お茶、踊りをみっちり稽古する。そして試験に合格すればデビューが叶うのだ。

小喜美さんは10代後半や20代前半の新人芸者たちと最低1年は生活を共にすると話す。一緒に暮らしながら、彼女たちの個性を伸ばしつつ、どこに出しても恥ずかしくない女性に教育するためだ。お辞儀や正座、着物の着付けの練習はもちろん、女性としての最低限のマナーも指導するという。「良い女は決して悪い言葉はつかいません。約束を守る、時間厳守、他者への思いやりなど、まずは品格のある素敵な女性になってもらいたいのです」と小喜美さんは話す。また、季節がある国、日本ならではの四季折々の行事やしつらいなど、日本ならではの文化を教えるのも小喜美さんの仕事。「映画『マイフェアレディ』の先生のように様々な知識や教養を授けられる、美しい師弟関係を築きたいと思っています」。そう母のような優しい眼差しで言う。

海外からも注目の日本の伝統芸能
日本の芸者文化は昔から外国人に人気があり、小喜美さんが若手の頃から、海外ゲストがお座敷に上がることも多かったという。英語があまり得意ではなかった、という小喜美さんは英会話に通うなど、相手が外国人でも簡単なコミュニケーションがとれるよう努めてきたそうだ。考えてみればゲスト側も馴染みのない料亭に行き、芸者と接することに緊張しているかもしれない。だからこそ “もてなしのプロ”である小喜美さんは「気負わずに、純粋にその場の雰囲気を楽しんで帰ってもらいたい。こちらは出来る限り喜んでもらえるよう努力します」と話す。

小喜美さんが外国人ファンとの思い出として、12年前にアメリカ・ワシントンに公演に行った際のことを語ってくれた。1912年、東京市がワシントンに寄贈した約3000本の桜が満開を迎える3月から4月に行われる「全米桜祭り」。そこで日本の伝統や歴史、もてなしの心を広める企画として、小喜美さんたち新橋芸者衆一同は、約150人の人々の前で踊りを披露したという。「大勢のアメリカ人客の前で芸を披露できたことに、とても感激しました。厳しい稽古に耐えながらも芸者になったことを、そのとき改めて心から誇りに思いました」。

新橋芸者の年に一度の晴れ舞台
「東をどりは新橋芸者たちのゴールです」。そう小喜美さんは言う。大勢の人に芸を披露することが少ない芸者衆にとって、年に一度行われる東をどりは、広く一般に日頃の稽古の成果を発表できるまさに特別な場だ。とはいえ、新橋には花柳、西川、尾上の三流派があり置屋によって芸者たちが習得している日本舞踊の流派は異なる。一つの舞台で一つの楽曲に合わせて、寸分の違いなく動きを揃えるのは並大抵のことではない。だから、違う流派の踊り妓達が、息を合わせるために普段から交流を持つことも大切だという。さらに公演の日程が近づけば、朝から晩まで稽古漬けの日々。努力が報われて、若手に良い役がつけば彼女たちを育てた小喜美さんも嬉しいと話す。


小喜美さんが営む置屋「菊森川」から2018年にデビューをした小夏さん(左から3番目)。

芸者に役をつける時は、5年、10年先を見据えているそうだ。「まず、黒の着物を着こなすのに5年、その人に役をつけて良かったと言われるようになるまで10年かかる」。あらゆる芸事と同様にシビアな世界だ。小喜美さん自身も、自分が若手のときは、一人前に技能を習得し、芸名を名乗ることを許された「名取」しか出演することができなかった、東をどりのフィナーレに参加することに憧れていたという。7、8年は修行が必要と言われる名取になるために、その当時必死に技芸の習得に励んだそうだ。


東をどりのフィナーレ。

大正14年から形を変えつつも、芸者衆の努力と料亭の支えにより、脈々と受け継がれてきた東をどり。新橋芸者の数は減少しつつあるが、江戸から続く伝統はベテランから新人へと今も確かにつながれている。誰もが体験できるものではない料亭での芸者遊び、その少し謎めいた魅力を垣間見ることができる4日間。2024年の第100回公演に向け、芸のプロがさらに芸技に磨きをかけ、深化を遂げようとしているこのお祭りは、やはり日本を代表する究極の“遊び文化”を堪能できる場だ。

 

第96回 東をどり
azuma-odori.net
※今年の東をどりは、新型コロナウイルス感染拡大防止のため開催中止となります。