なまこをカットし、筵の上に斜めに寝かせる。徳島の方言で「寝かせる」ことを「寝さす」というのが名前の由来という説もある。
2020.10.22

ゆっくりと熟成する幻のねさし味噌

撮影=大泉省吾

徳島県を流れる雄大な河川、吉野川の支流が入り組む豊かな土地で、1849年から味噌造りを生業としてきた三浦醸造所。徳島のごく限られた地域で生産されてきた「ねさし味噌」の老舗である。ねさし味噌とは大豆のみで造られる豆味噌のこと。


もともと大豆の栽培が盛んだった徳島を中心とした国内産の大豆を使用。たっぷりの良質な水で戻してから蒸す。

独特の深いコクと癖を持ち、味に豊かな広がりをもたらす。「ブルーチーズと性格が似ています。ほんの少しで驚くほどコクが生まれる。フレンチやイタリアンのシェフ、ショコラティエも面白い調味料だと興味をもってくれています」と語るのは、三浦醸造所5代目の三浦誠司さんだ。


蒸しあがった大豆は熱いうちにミンチの機械にかけてすりつぶし、なまこ作りの工程へと進む。

ねさし味噌作りは国産の良質な大豆を「こしき」と呼ばれる木製の大きな蒸籠(せいろ)で蒸しあげるところから始まる。蒸しあがったらミンチ状にすりつぶして、熱いうちに「なまこ形」に成形、冷めたら2センチ程度の厚みにカットする。


海に生息するなまこに形が似ているから、なまこ形。半円筒形の大豆ケーキの ようだ。

通常の味噌造りに欠かせない種麹菌は一切混ぜない。「それがうちのねさし味噌なんです。どうやって発酵させるかというと、なまこを寝かせる筵(むしろ)と蔵に棲みついている菌の働きだけ」。筵に寝かせたなまこの湿気を栄養に菌が活動を開始、40~60日でふんわりとした白い毛カビがなまこを覆いつくす。


創業当時そのままの瓦葺(かわらぶき)の味噌蔵。その中に敷かれた筵。170年余りここで繁殖してきた菌の働きで自然と毛カビが生え、発酵が進んでいく。

「自然生え」というこの製法は他の菌の活動が鈍る真冬の時期に行われるため寒仕込みと呼ばれているが「気温や湿度の変化に敏感になる作業です。昨今の温暖化の影響か、仕込みに適した期間が短くなっているのが気になります」と三浦さん。十分に毛カビが生えたなまこは黒っぽく硬い。ここに塩と水を加えて攪拌し、杉の仕込み桶に入れて3年間熟成させると、創業当時そのままのねさし味噌の完成だ。


照りのある質感、深い味わい。海外での食品展示会での評価も高い、ねさし味噌。

「添加物は加えず、温度や湿度、時間、香りや色、手触りなどに意識を集中させながら発酵を見守ります。日々刻々と変化する、つまり味噌は”生きている食べ物”。その命をいただくことに感謝をし、味噌の声なき声を聞きながら真心を込めて造っていきたいと思っています」。


5代目とその奥様、お嬢様の3人で切り盛りしている三浦醸造所。ねさし味噌のほか、糀味噌や醤油なども製造している。

 

三浦醸造所
徳島県阿波市市場町市場字町筋468
Tel. 0883-36-4119
www.miura-jozo.com

 

<この記事は家庭画報国際版2020年春夏号より抜粋。>