明治時代に作られた木桶が並ぶ大新蔵(おおしんぐら)。写真の木桶の容量は9000リットル。
2020.10.16

木桶に棲む菌が生み出す醤油の不思議

撮影=大泉省吾

孟宗竹を編んだ箍(たが)で締められた見上げるほどに大きな67本の木桶は、今から150年ほど前に作られたものだという。たゆまず醤油を醸し続ける木桶をいとおしそうに眺めるのは、茨城県土浦で創業330余年を数える老舗、柴沼醤油17代当主の柴沼和廣さん。


「私が子供の頃はまだいたのですが、現在は木桶を作る職人がいなくなりました」と17代当主の柴沼和廣さん。

「木桶の寿命は300年とも言われ、67本一つ一つに微妙に異なる菌が棲んでいます。職人たちはその菌の癖を熟知していて、攪拌作業を調整したり、発酵度合いを見極めたりします」と語る。桜川や霞ヶ浦といった豊かな水脈のもと、良質な大豆や小麦を育んできた茨城県。水路を使えば簡単に都まで商品を運べたことも大きな後押しとなり、江戸時代から醤油はこの地の特産品として成長してきた。


約300年前に建てられた母屋。30年前まで当主家族が暮らしていた。

「日本の醤油の特徴は“うまみ”があること。それをもたらすのが麹菌による発酵です。蒸した大豆と小麦に種となる麹菌を混ぜて3日。菌が十分に繁殖したところで食塩水を混ぜて木桶へ入れると、蔵や木桶に棲む菌の発酵力で大豆や小麦のたんぱく質が分解されます。半年から1年をかけて発酵させたものをもろみと呼び、それを搾ると醤油となります」。使う木桶、使う蔵、そして仕込み時期などを変えることで、大豆と小麦と塩だけで300種類ものフレーバーの醤油が出来るという。海外向けには塩分を薄めたり、ハラル対応でアルコール分を抜いたり、ビーガン用に鰹節を使用しないポン酢醤油の開発などもしている。


柴沼醤油の主力商品。右2本は海外向けで、スイスやパリのレストランで使われている。

「昨今、小麦アレルギーなどが話題となりますが、実は発酵力により、大豆や小麦のアレルゲンは分解されて無くなるんですよ、すごいでしょう」。木桶は洗わず、中身を搾ったらそこに新しいもろみを継ぎ足す。木桶に棲む菌は分解力に加え殺菌力も高いため、水で洗うよりもろみで満たしていたほうが健全な状態を保てるという。空調は一切使わず、日本の季節を感じながら、今この瞬間も醤油の発酵は進んでいるのだ。


柴沼醤油はGFSI(Global Food Safety Initiative)承認の国際規格、食品安全マネジメントシステムFSSC22000を取得している。

 

柴沼醬油
茨城県土浦市虫掛374
Tel. 029-821-2400
www.shibanuma.com

 

<この記事は家庭画報国際版2020年春夏号より抜粋。>