2019.09.12

料理の根底にあるのは、食材への感謝と敬意
―帝国ホテル 東京

写真=坂本正行 文=清水千佳子

6年前、オリンピック・パラリンピック招致のプレゼンテーションで注目された、日本の「おもてなし」。その真髄を、日本を代表する名門ホテルの面々が語ってくれた。

日本が世界に誇れるものでありながら、日本人にも容易には説明できない「おもてなし」。いったいどういうものなのか? 答えを求めて訪ねたのは、1890年に日本の迎賓館として開業した帝国ホテル 東京。世界中のVIPから高い評価を得ているホテルで、何代にもわたって利用しているというゲストも少なくない。

「 信頼していただいている分、何かあればすぐに『帝国ホテルともあろうものが』というお叱りの言葉をいただきます。でも、『さすが帝国ホテルだね』というお褒めの言葉もよく頂戴します。私たちはこの二つの言葉が持つ意味を常に心に留めていなければなりません」。そう話すのは、特別料理顧問の田中健一郎さん。2019年4月まで約17年間、東京、大阪、長野・上高地の3か所にある帝国ホテルの料理部門すべてを統括する総料理長だった人物だ。そんな田中さんが考える日本のおもてなしとは? 「おもてなしはもともと茶の湯の世界から生まれたといわれています。明日戦場で命を落とすかもしれない武将たちが、いっときの心の平安を求めてお茶をいただく。そのとき、千利休ら茶人は一期一会のひたむきな心で客人に接しました。それが現代のおもてなしにつながっているのです」。


1975年にイギリスのエリザベス女王が来日した際、当時の料理長・村上信夫が考案した「海老と舌平目のグラタン”エリザベス女王”風」。

一方、東京料理長の杉本 雄さんは、13年間フランスで腕を磨いた経験をもとに、料理でもてなすことについて、こう話す。「おいしい料理を作ってお客さまに喜んでいただくという点は、日本も海外も基本的に同じだと私は思います。おそらく日本独自なのが、私たちが食前に言う『いただきます』に象徴される『命をいただく』という思い。食材を育てた人、収獲した人、そして食材そのものへ感謝と敬意を持って、料理を作り、味わう。日本には昔から『万物に神が宿る』という思想があるからだと思います」。

日本は目下、海外からの旅行客が年々増加しており、帝国ホテル 東京もお客さまの約半数は海外からだという。今後も更なる増加が見込まれる外国人ゲストについて、杉本さんの考えを聞いた。「宗教上の理由やベジタリアン、ヴィーガンなどの主義から食事制限があるかたがたへの対応が、益々重要になってくると思います。私たちも料理に関してだけでなく、世界で何が起こっているかを常に勉強していかなければなりません」。


帝国ホテルのフランス料理の本質は守りつつ、表現は変えていきます」と話 す若き料理長、杉本さんの「骨付きの仔牛のロースト」。

最後に、東京2020大会選手村メニューアドバイザリー委員会の座長を務める田中さんが、あるオリンピアンから聞いた話を教えてくれた。「リオ大会が終わったとき、海外の選手が『絶対4年後の東京大会も出る! 日本は食べ物がおいしいから』と話していたのだそうです。そんなふうに思ってもらえているのは嬉しいことですね。期待に応える自信はあります」。

田中健一郎
特別料理顧問
1950年東京都生まれ。1969年帝国ホテル入社。1999年に東京料理長に就任。
2002年から約17年間、総料理長を務める。2019年4月より現職。2017年にフランス共和国農事功労章オフィシエ受章。東京2020大会選手村メニューアドバイザリー委員会の座長。

杉本 雄
東京料理長
1980年千葉県生まれ。1999年帝国ホテル入社。2004年に退職し、渡仏。パリの最高級ホテル、ホテル・ル・ムーリスのヤニック・アレノ、アラン・デュカスら一流料理人のもとで研鑚を積み、2017年に帰国。帝国ホテルに再入社し、宴会シェフを務めたのち2019年4月より現職。

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