ライフスタイル
2021.03.26

The Rose Garden of Fukushima

2011年3月11日、午後2時46分。東日本大震災によってすべてが一変してしまったあの瞬間から10年。アメリカ人ジャーナリスト、マヤ・ムーアさんが、福島県双葉町にあった“失われたバラ園”の姿を通して、震災のことを世界に伝えようとアクションを起こした。バラに導かれ、バラに勇気づけられた活動が、英語版、日本語版と韓国語版の写真集、『The Rose Garden of  Fukushima』に結実。癒えることのない悲しみに、小さな希望の光を灯している。

 

2012年2月のある朝、テレビの画面に大写しにされたバラの写真。その瑞々しい姿をニュース番組で目にした瞬間、「私の中で何かが大きく動いた」とマヤ・ムーアさん。それまで存在さえ知らず、もう失われてしまった福島の『双葉ばら園』の物語を、世界に伝えたいという思いが湧き上がった。


柔らかな陽光が降り注ぐ『双葉ばら園』の一角。ガゼボ(東屋)屋根にはオールドローズの1種「ロサ・マリガニー」、奥に見えるのは八重咲きのつるバラ「フィルス・バイド」。立ち入り禁止になった3.11以降、下の写真のように姿を変えてしまった。

『双葉ばら園』は、福島県双葉町に2万坪の敷地を有し、春から秋にかけて咲き誇る750種、7500株のバラを見に、年間約5万人が訪れていたという庭園である。園主の岡田勝秀さんが約半世紀の歳月をかけ、独学で作り上げた広大な花園。2011年5月には「世界バラ会連合」の代表者100名が視察に訪れる予定だった。岡田さんの生涯を賭けた作品が世界的に認められる機会を目前にして、3.11の厄災は起こった。

巨大地震、津波、そして原子力発電所の事故。17万を超える福島の人々の生活を一変させた放射能。目に見えないその恐ろしい存在を「バラが語ってくれる」と、各地での写真展開催のニュースを見ながら、マヤさんは直観したという。写真展のタイトルは「私たちが愛したバラ園」。『双葉ばら園』を10年以上撮り続けてきた「横浜ばら写真の会」と岡田勝秀さん撮影の作品展だった。

情熱に突き動かされるように、マヤさんは行動を起こす。「とにかく会って話がしたい」と、茨城県つくば市の仮設住宅に居を移していた岡田さんを探しあて訪ねた。雑草の生い茂る庭を目にしながら「今はバラ一輪も育てる気持ちにならない」という岡田さんの失意に接し、せめて本という形で『双葉ばら園』を残したいと決心する。「本を書かせてください」。マヤさんの強い気持ちに岡田さんも動かされ、本作りが始まった。

岡田さん、「横浜ばら写真の会」と講師の松田久子さんの力を得て、マヤさんは2014年に英語版の写真集『The Rose Garden of Fukushima』を刊行する。英語版にしたわけは、まだ傷が癒えたとは思えない被災者の心を思うと同時に、世界に「福島の今」を伝えたいと考えたためだ。

17歳の岡田青年が真紅のバラに恋した初夏の朝から始まる物語は、人々を魅了する広大なバラ園の成功と喪失、そして少しずつつくば市の自宅の庭にバラを育て始める岡田さんの姿を描いて終わる。朝露に光る、陽光を浴びる、もうこの世には存在しないバラたちが、何よりも雄弁に「あの日」を伝えているのだ。

 

maya moore
マヤ・ムーア (Maya Moore)
NHK-BS『ワールドニュース』『ウイークエンド・パリ』『アジア・ナウ』のキャスター、白百合女子大学客員講師などを経て、現在はアメリカン・スクール・イン・ジャパンと岩手県大船渡市の小学校を結ぶスカイプバーチャル英語教室(TVEC)に力を注いでいる。

 


2011年当時、原則立ち入り禁止となった福島第一原子力発電所から半径20キロ圏内の警戒区域。『双葉ばら園』は今も帰還困難地域。

 

 

the rose garden of fukushima

『The Rose Garden of Fukushima』マヤ・ムーア著
B4変型判 112ページ 3520円(税込み)
2014年世界文化社刊 ISBN978-4-418-14236-1

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『失われた福島のバラ園』マヤ・ムーア著
B4変型判 120ページ 3080円(税込み)
2020年世界文化社刊 ISBN978-4-418-20203-4

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