- ライフスタイル
- 2020.05.18
葉山に豊かな暮らしを訪ねて①
撮影=大泉省吾
文協力=神﨑典子
神奈川県三浦半島の北西部に位置する葉山エリアは、温暖な気候から保養地として脚光を浴び、高級別荘地として発展してきた。その一方で、海と山に囲まれた昔ながらのオーガニックライフの光景が残る場所でもある。自然豊かな葉山に自らの心と体の居場所を見つけた二人の女性を訪ねた。
ここは、目に見えないものに心を向け、形にならないものを感じることができる場所
――広田千悦子
縁側に座って庭を眺めていると、風に乗って遠く波の音が聞こえてくる。深呼吸すると、先ほどまで降っていた雨に濡れた草木や土の香りに満たされる。山に雨が降り川に流れ込み、海へ注いでまた雨になる……そんな当たり前だけれども忘れがちな自然の巡りを、山から海まで歩いて10 分ほどのこの地で体感しながら、広田さんは暮らしている。25 年前、葉山への移住を決めたのは、この地を訪れたときに見た光景がきっかけだった。「その日は曇りでしたが、一瞬、雲の切れ間からスポットライトのように光が海面に差し込みました。” 天使の梯子” と呼ばれるその光景の神々しさ、息を呑むほどの美しさが今でも忘れられません」。
葉山での時間は、形にならない大切な物事を感じる暮らしだと広田さんはいう。「四季を彩る花を飾ったり、旬のものをいただいたり、季節の行事や習わしを大切にしたり。日本では昔から当たり前に行われてきたことを、ここにくるまで忘れていました。歳時記をもっと学びたいと思うようになり、今も学びの最中です。奥が深すぎて終わりがありません」。
自宅の程近くに立つアトリエ「秋谷四季」がそんな広田さんの学びの場。海の見える縁側、シンボルツリーの大楠、苔むした庭、季節の草花――その一つ一つに気づきがある。「花をしつらえるとき、美しさを愛でるという気持ちだけではなく、草花に宿る力をいただいているという想いを抱きます。草花の命に気持ちを向ける、しっかりと見る、少しだけ手をかけるなど、些細なことに感覚を働かせること。目には見えないかもしれない、形にもならないかもしれない。でも私を包みこんでいるすべての自然と気持ちのやり取りをしながら、この地で私なりに”日本の和” ”日本の歳時記” を掘り下げていきたいのです」。
ひろた・ちえこ
日本の文化・歳時記研究家。自宅近くにスタジオ兼アトリエを構え、暮らしの中から歳時記や暦、四季などを探究。新聞、雑誌などにエッセイを発表するほか、著書も多数。
<この記事は家庭画報国際版2019年春夏号より抜粋。>
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