左は、織柄が美しい江原産業の紋紗(もんしゃ)生地。右は小林染工房を見学するシーラさん。
伝統
2020.12.22

シーラ・クリフと絹織物の里を巡る―2

2020年で創業300周年を迎えた高級絹織物・丹後ちりめん。そのふるさと、京都北部の丹後地方にある個性豊かな工房を、イギリス人のきもの研究家で、丹後織物工業組合のアンバサダーに就任したシーラ・クリフさんと共に訪ねた。

[Part 1から続く]


デジタル化と共に進化するデザイン
丹後ちりめんの魅力は、糸を撚ることによって生まれるシボはもちろん、ジャカード織機で織りこむ多彩な柄ではないだろうか。シーラさんが「今とても注目している」という江原産業は、柄を織ることに特化した工房だ。

江原産業は、「紋紙(もんがみ)」と呼ばれる図柄を織るための型紙を作る紋工所として1950年に創業。1963年には織機を導入し、織りも手がけるようになった。


工房内で働く職人のほとんどが30~40代の若手。女性スタッフも多く、慣れた手つきで機械を扱っている。

紋紙とは、型紙に穴を開けたパンチカードのことで、これをジャカード装置と呼ばれる織機に取り付けて、経糸と緯糸に繋がる針の動きを制御・調整し、柄を織りこんでいく。紋紙作りを続けて43年のベテラン・山本泰典さんにその製作工程を見せてもらった。


機械で穴を開けて作られた紋紙。

紋紙作りは、織柄のデザインを方眼紙に図面化するところから始まる。方眼紙の1マスが経糸と緯糸の1本にあたるため、デザイン画を見て糸を通す位置を考えながら、1マスずつ筆で塗りつぶしていくという大変な作業だ。そして、色を塗った部分をパンチカードに置き換えて、穴を開けて紋紙ができあがる。


昔の手書きのデザイン画(右)と、筆で方眼紙にデザインを書き写したもの(左)。今はコンピュータで作業を行っている。

しかし現在では、デジタル化が進み、柄のデザインをコンピュータ上で図面化し、そのデータをパンチカードを製造する機械に転送することが可能になった。そのため作業効率も上がり、お客さんの要望に柔軟に応え、新しい織柄の生地をより簡単に製作できるようになったという。


コンピュータで作成した紋紙の図面データを、パソコン画面で見せてくれる山本さん。デジタル化によって、作業は簡略化されたが、経糸と緯糸を通す位置をすべて細かに設計する紋紙作りには、長年の経験が必要。

多々あるデザインのなかでも、シーラさんは紋紙作りの技術が活かされた「両面織」と呼ばれる特別な織物に関心を寄せているという。表裏とも違う色と柄で織ったリバーシブルの珍しい生地だ。両面織の場合、表裏のデザインを1枚の紋紙にすべて集約する。当然紋紙も、複雑で難易度の高いものになる。このような高度な織物ができたのは、デジタル化による作業の効率化と、織りの構造を熟知した山本さんのような職人がいてこそだ。


シーラさんが一目惚れしたという両面織の反物。

シーラさんもはじめて見たときに、とても驚いたというこの両面織のテキスタイル。「好きな面を選んできものに仕立てるのも良いですが、私は表と裏を交互に配置するように仕立てました」と、粋なきもの遊びを楽しんでいるというシーラさん。

「江原産業は、元々ある技術を活かしながら、革新的なアイディアも取り入れています。和装にはないモダンな色使いや、洋花などをモチーフにしたデザインも個性的でおもしろいです。これからも江原産業の挑戦を応援したいですね」とわくわくした表情で話す。

 

まだ見ぬ色の探求
日本海の真っ青な美しい海を望む丹後の町。その綺麗な海の色を、そのままきものに染める染色家がいる。4年前に「丹後ブルー」と呼ばれる青色の染料と出会い、それ以来その色を極め続ける小林染工房の引き染め職人・小林知久佐(こばやし・ともひさ)さん。青色は日焼けで色が変色しやすいため、使用が難しいと言われている。しかし、小林さんは丹後ブルーの染料を独自にアレンジし、変色しない透明度の高いブルーを見事に作り上げた。


霧吹きで生地を湿らせた後、1本の筆に染料をつけて、滑らかなグラデーションを描いていく。

ぼかし染めを得意とする小林さんは、フリーハンドで丹後ちりめんの白生地に濃淡のグラデーションを素早く描く。一反すべて染め上げるまでは、作業を止めることができない染色の作業。「集中力が何よりも大切です」と話す通り、わずかなブレも許されず、一瞬の気も抜けないことがわかる。


小林さんの代表作「丹後ブルー」のきものを羽織るシーラさん。

「どこにもない、画期的な作品に取り組もうとする姿勢に共感しました」と話すシーラさん。より難易度の高い色やデザインの染めにチャレンジしていく、という小林さんの次なる挑戦が楽しみだ。


丹後ブルーのきものには、格子ぼかしの帯を合わせるのがおすすめ。

 

江原産業
京都府与謝郡与謝野町字算所30-1
Tel. 0772-42-6238
https://ebara-sangyo.jp

小林染工房
京都府京丹後市網野町網野2718-3
Tel. 0772-72-4975
http://kobayashisomekoubou.jp

シーラ・クリフ
1961年生まれ。イギリス出身のきもの研究家。1985年に来日した際にきものの魅力に惹かれ、以来日本に在住。現在は十文字学園大学で着物文化を教える傍ら、丹後織物工業組合のアンバサダーとして、丹後ちりめんの魅力を国内外に向けて発信している。

撮影=伏見早織