まるで生きているかのように、場面ごとの心情にあわせて人形の表情が変わることに驚く。上は「絵本太功記(えほんたいこうき) 武智(たけち)光秀」人形遣い 二代目吉田玉男。
伝統
2021.03.24

人形浄瑠璃文楽―1

撮影=渡邉 肇
監修=嶋田淳子
協力=国立文楽劇場、一般社団法人人形浄瑠璃文楽座

1体の人形に3人の人形遣い、語り部である太夫、そして三味線弾き。独特のスタイルをもつ人形浄瑠璃文楽は、江戸時代に確立した総合芸術だ。2008年にユネスコの無形文化遺産に登録された”人形劇”。その舞台はエモーショナルな魅力に彩られている。

 

人間よりも人間らしく

江戸時代、上質な娯楽に目がない大阪庶民に愛される一大エンターテインメントとして確立した、人形浄瑠璃文楽。無形文化遺産というと少々敷居が高い印象だが、その演目は歴史大河ドラマをもとにした「時代物」と、江戸の市井に暮らす人々の人間関係や恋愛を題材とした「世話物」の主に2ジャンルとなっている。世代も国境も越えて楽しめる普遍的なストーリーを、人形たちが全力で演じる、それが文楽なのだ。


「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき) 熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)」人形遣い 二代目吉田玉男
淀みなく自らの意思で動いているかのよう。目の表情、指先のしぐさまですべてがリアルだ。

演じると書いたが、もちろん人形を操るのは人間である。しかも首(かしら)と右手は主遣(おもづか)い、左手は左遣い、そして足遣いの総勢3人が1つの人形を操っている。主遣いの指令のもと、人形はまるで人間よりも人間らしく、生き生きと物語を生き始める。同じ人形のはずなのに、流し目をして、瞬きをして、小首を傾げて甘えたり、おびえたり、怒ったり、身を震わせて号泣したり。


「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)阿古屋(あこや)」

その姿を見ているうちに、実に不思議なことなのだが、まったく人形遣いが見えなくなる瞬間が訪れる。3人もいるはずなのに、である。


「曽根崎心中(そねざきしんじゅう)お初」

映画で登場人物が命を落としても、私たちはその役者が本当は生きていることを知っている。しかし文楽では、人形遣いが人形を舞台に残して袖へと引いてしまう。本当に魂の抜けてしまった抜け殻の人形は、観る者の心にズシンと響くほどのインパクトを残す。


「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)お園」人形遣い 三世吉田簑助(人間国宝)

人間よりも人間らしく―人形たちは舞台の上でいくつもの人生を本気で生きる。あるいは本気で命を散らす。これこそが、総合芸術と呼ばれる文楽の魅力なのだ。


「曽根崎心中 お初、徳兵衛」

 

文楽公演は3月、10月を除き、東京国立劇場、大阪文楽劇場にて開催される。

詳しくは国立劇場ウェブサイトへ
https://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/bunraku/jp
※今後の新型コロナウイルス感染状況により、公演は中止になる場合がある。

 

[Part 2へ続く]

<この記事は家庭画報国際版2020年秋冬号より抜粋。>