「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) 碇 知盛(いかり・とももり)」人形遣い 二代目吉田玉男 巨大な碇を体に巻きつけ、岩の上から海へ入水する壮絶なシーンを演じる人形遣いを、正面と背面から撮影した。3人の仕事がよく見える。
伝統
2021.03.26

人形浄瑠璃文楽―2

撮影=渡邉 肇
監修=嶋田淳子
協力=国立文楽劇場、一般社団法人人形浄瑠璃文楽座

1体の人形に3人の人形遣い、語り部である太夫、そして三味線弾き。独特のスタイルをもつ人形浄瑠璃文楽は、江戸時代に確立した総合芸術だ。2008年にユネスコの無形文化遺産に登録された”人形劇”。その舞台はエモーショナルな魅力に彩られている。

[Part 1から続く]

 

文楽を支えるもの

文楽は総合芸術だと言ったことには理由がある。

まず一つには人形そのもののクオリティが非常に高いことが挙げられるだろう。実は現在、文楽で使われている首のほとんどは、希代の人形師、四代目大江巳之助(1907~1997)が制作したもの。つまり最も新しいものでも、20年以上も昔のものなのだ。修復しながら大切に使えば100年はもつといわれる大江巳之助の首。


公演ごとに、胡粉(ごふん)という貝殻を粉末にして膠(にわか)で練った塗料で首の修復を行う。100年先まで受け継いでいくという強い気概が感じられる。

床山と呼ばれる髪結いが役柄に合わせて首の髪を結い上げ、衣装係が縫った衣装を人形遣い自らが着付けて、いよいよ人形は舞台に立つのだ。


役柄に合わせて床山が髪を結い上げる。


衣装も手縫いで仕上げられる(左)。着付けは人形遣い自らが行う(右)。

1体の人形を支える人形遣いは3人。修業は足遣いから始まり約10年間。次に左遣いとして10年から15年。これらの年月を勤め上げて初めて主遣いとなるが、主役級の人形を遣えるようになるには、さらに研鑽を積まなくてはならない。


ずらりと並んだ木彫りの首の数々。

そして人形を導きリードしていくのが太夫と三味線弾き。舞台の正面向かって右にある床(ゆか)と呼ばれる場所で、姫君のか細い声から武士の勇壮な声、子供の声に老人の声と、自在に声を操りながら義太夫節を謳いあげる太夫と、時には打楽器のように激しく、時には哀愁溢れる音色を聞かせる三味線。オペラに例えるなら、三味線が情景描写や心情を奏でるオーケストラで、太夫が物語の背景と登場人物の言葉を歌い上げるオペラシンガーの役割となる。


「壇浦兜軍記 阿古屋琴責(あこやことぜめ)」。

双方がうまくかみ合うことで、無言の人形がその物語を全身で表現し始める。まさにその瞬間、太夫、三味線、人形遣い―三業一体の芸術が舞台の上に誕生する。

年月をかけて技を極めていく演者や裏方たちの究極の願いは、人形と一心同体になることなのだろう。舞台の上ですべての芸が溶け合い、観客の目には太夫の語りに合わせて生きる人形だけが映る。文楽は、人をそこまで引きずり込んでしまうとてつもない力をもった総合芸術であり、だからこそ無形文化遺産に選ばれた、日本ならではの人形劇なのだ。

 

文楽公演は3月、10月を除き、東京国立劇場、大阪文楽劇場にて開催される。

詳しくは国立劇場ウェブサイトへ
https://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/bunraku/jp
※今後の新型コロナウイルス感染状況により、公演は中止になる場合がある。

 

<この記事は家庭画報国際版2020年秋冬号より抜粋。>