- 伝統
- 2019.08.30
越前打刃物―刃物の里をたずねて
700 年以上の歴史を持つ、福井県越前市・武生(たけふ)地区に伝わる越前打刃物。「美しい切れ味」を持つという刃物は、一体どのようにして誕生するのか。その過程を探りに、越前打刃物を代表する5人の工房を訪ねた。
熟れきったトマトにすっと吸い込まれ、ことんとまな板と出逢う包丁。良く切れるとは聞いていたが、これほど気持ちよく繊細にあやつれるとは思っていなかった。一般家庭のみならず世界中の料理人やパティシエからの信頼が厚いのも頷ける。
この刃物が生み出されたのは福井県越前市。武生地区と言えば古くから刃物の産地として有名である。その歴史は700 年前に遡る。京都から千代鶴国安(ちよづるくにやす)と呼ばれる刀匠が、刀鍛冶に欠かせない美しい水が出る地を探し求め、鍛冶の町であった越前・武生に辿り着いたのである。彼はそこで刀だけではなく、鎌などの農機具を作り広め始めた。人殺しのための武器ではなく、人の役に立つ道具の開発に励んだのである。その精神は越前の里にしっかりと根づき、越前武生は今でも鎌、包丁といった道具の評判がすこぶる高い。薄く、美しく、切れ味が長く続き、刃こぼれしにくいという。
ある若い蕎麦職人はその切れ味に感動して、刃物職人のもとへ弟子入りしてきたという。また「世界のベストレストラン」で10位以内に入るシェフのほとんどが、越前打刃物を使っているということからも、その切れ味や使い勝手は推して知るべしである。
日本には幾つかの刃物産地があるが、その中でいちはやく「伝統工芸品」の指定を受けたのは越前であった。歴代の職人達が全身全霊を傾けて研鑽を積んできた結果である、と越前打刃物産地の面々は胸を張る。
そんな越前武生ではどのように刃物が作られているのか。それを知るために工房を訪ねると、そこは灼熱の世界だった。ごうごうと炉の火が唸り、ガンガンと響くベルトハンマーの音、ぶいぶいんと最大風速で回る扇風機、そんななかで聞こえるはずもない職人の呼吸が、その場を支配している。刃物を鍛えるとき、磨くとき、星が生まれるように飛び散る美しい火花。彼らが渾身の力をもって生み出すものはこの世の最高傑作に違いないと、理屈も知らずに思わされる。
話を聞いてみると、他の刃物産地にはない越前独自の技がいくつも明らかになった。その一つが右で紹介している「二枚広げ」である。「とはいえ刃物製作の基本は同じです。まず良い素材、その素材にストレスをかけない最低限の熱処理、金属をしっかりと叩き鍛えて丈夫にし、使いやすくかつ刃こぼれしにくいよう細心の注意を払って研磨をすること」。これらすべてが最高の刃物のために必要で、どれが欠けてもいけないと語るのは高村刃物製作所の高村光一さん。「理屈通りにやれば素晴らしい刃物ができます。でもそれが難しい。温度の見極め、均一な薄さになるように叩きつつ、しかし背の根元だけをすこし厚くすること、見えない部分を微かな感覚を頼りに研磨すること。どれも一朝一夕にできることではありません」。
どこまでも完璧な、至高の一本を求めて、彼らは今日も刃物を鍛え、磨き続ける。
越前打刃物めぐりの3 大拠点
越前打刃物の伝統の地を訪ねるなら、この3 か所をおすすめしたい。この夏OPENした越前打刃物振興施設「刃物の里」、「越前打刃物協同組合」、そして「タケフナイフビレッジ」だ。どこも工房見学、刃物の展示・即売などに対応しており、入場は無料。体験教室なども充実している。
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